PRODUCTION NOTE

「TOKYO MER」誕生とヒット、
そして映画化決定!

 全世界が新型コロナウイルスの猛威に戦慄した、2020年。あの絶望的と思われた状況を乗り越え、我々が今も日常を生きていられるのは、医療従事者の皆さんがその職務と責務を全うしてくださったことも大きな要因の一つである。その最前線の様子を映したドキュメンタリーがコロナ禍以降も数多く放送されたが、とある国のエッセンシャルワーカーの姿に心を打たれたTBSの高橋正尚プロデューサーは、医師や看護師はもちろん、患者たちのために危険を顧みず未知のウイルスに挑むすべての医療関係者へのリスペクトとエールを込めたドラマをつくることで、感謝の意を表したいと企画に着手する。
 新しい形の医療ドラマ制作を模索する中でわかってきたのは、救急搬送中に出血を止められず亡くなる人が多い、ということだった。そういった現実を鑑みて、重傷者を搬送する前に現場で緊急オペができる技術と設備を持った医療チームを描いてはどうか、と着想を得る。ほどなく、冷静沈着で医術も卓越したリーダーとスペシャリストたちによるチームが、最新鋭の機器を備えた〝走る緊急救命室〟で現場へ急行する── という戦隊ヒーロー的な要素も加えて、医療ドラマの新機軸が打ち出された。こうして「TOKYO MER」が走りだしたわけだが、制作陣は当初から映画化も視野に入れた上で企画を進めていた。
「20年の1月クールに放送していた『テセウスの船』が終わって、新型コロナウイルスの影響で自粛を余儀なくされた数ヶ月を経た夏頃に、高橋をはじめプロデュース部で打ち合わせをしまして。その当時から、願わくは映画化できるくらいのスケール感で描こう、という構想がありました。幸い、ドラマが始まると予想以上に大きな反響をいただき、劇場版の目算が立てられたので、8 〜9 話を撮影している段階でキャスト陣のスケジュール調整など、本格的に準備に入っていったんです」(八木亜未プロデューサー) 
 チーフ演出を担当していた松木彩監督にも、その時点で映画化の決定が伝えられた。が、まずはドラマをしっかり撮りきることに注力。ERカーの扉を閉めるラストカットで幕を下ろした最終回の放送が無事に終わってから、ようやく「もう一度、あの扉を開くことができるんだ!」と、松木監督の中でも嬉しさがこみ上げてきたという。
 こうして、劇場版『TOKYO MER』は〝次なる現場〟へ向けて動き出した。

物語はドラマから2年後、
舞台は横浜

 数々の事故現場で人命を救ってきた喜多見たち【TOKYO MER】の面々が、新たに直面する危機とは──? そこを踏まえたうえで、プロデューサー陣と脚本家の黒岩勉は劇場版のシナリオを練り始める。ドラマ版で事故現場となったのはすべて架空の施設だったが、劇場版では実在する建物を登場させて、より現実味を出したいとの思いから、誰もが知っているシンボリックな施設をいくつか候補としてピックアップ。その結果、現地でのロケにも協力が得られるということで横浜みなとみらいの「横浜ランドマークタワー」に決定した。ストーリー的にも、全国各地にMERを普及させていく設定と符合すること、【TOKYO MER】チームが救援に駆けつけられる距離でもあることから、シナリオづくりが一気に加速していく。
「多くの人がイメージしやすい横浜という街の、まさしく〝ランドマーク〟的な建物での撮影がもたらすリアリティーもそうですが、『もしランドマークタワーで火災が発生したら、どう対処するか』と消防がシミュレーションしていることを、取材に基づいて脚本に落とし込めたのが大きかったですね。医療テントはここに設営して、どういう距離感で救助活動をする…など、横浜市消防局に快くご協力いただいて、劇場版本編に反映することができました」(八木プロデューサー)
 舞台が横浜に決まったことで、新設された【YOKOHAMA MER】のメンバーが着用するユニフォームや、運用するERカーのデザインも進行。なお【TOKYO MER】のERカー=T01 は、車内でオペをする際に喜多見の動線を確保することが前提だったため、大型トラック並みのサイズ感になった経緯がある(※テレビ中継車をベースに、緊急車両のセオリーを研究。さらに、どんな災害現場へもアプローチできるオフロード要素を加味しつつ、公道も走れるよう車検が通るデザインに落とし込んだ)。時系列的にはドラマから2年後に横浜で発足するチームということで、東京以上の最新の医療機器とオペ室を搭載した進化型になっている。
「ドラマ版の時から〝ヒーローもの〟のエンタメ感と医療ドラマのリアリティーのバランスを大事にしてきた中で、ERカーは実在しない〝夢の乗り物〟ではあるけれども、車内でのオペを可能にするためのディテールは、スタッフ陣で細かく突き詰めてきました。フィクションとノンフィクションの境目をうまく見極めながらつくってきたつもりですが、劇場版ではさらにもう一歩進化させようと試みていて。【YOKOHAMA MER】のERカーにはX線装置が入っているので、レントゲンを撮る時に照射する角度も、放射線漏れしないように考慮されているんです。現段階の現実世界では助けられる症例じゃないとしても、この車があれば可能にできるんじゃないか──という仮想ながら、医療監修の方々もご一緒に考えてくださったことで、まさに〝夢の乗り物〟になったように思います」(松木監督)
 なお、子どもたちが憧れるようなデザインも意識しているとのこと。実際、横浜で行われた出初め式に新ERカーを展示したところ、「カッコイイ!」と注目の的になっていた。

新たに加わったキャストが見せる、
新しい景色

 その【YOKOHAMA MER】のチーフドクターを務める鴨居友役に杏、【TOKYO MER】に配属された研修医・潮見知広役でジェシー(SixTONES)が新たに役者陣に加わった。
「鴨居は、熱い喜多見とは対極的にクールな女性。とはいえ、単に冷たいわけではなくて人間としての愛らしさも時折のぞかせる、という側面もある。そういう多面的な人物を、杏さんならば体現してくださるだろうと考えてキャスティングしました。ジェシーさんは、バラエティー番組などで見せるご本人の明るいキャラクターとはひと味違う、新たな一面を潮見という役を通して見せてくださるんじゃないかと思ったところが大きいですね。潮見は殻を破って成長していくキャラクターでもあるので、ジェシーさん自身が今まで演じたことのないような役どころに取り組む姿と重なればいいな、と期待した部分もあります」(八木プロデューサー)
 なお、鴨居は救命現場でもピアスを着けているが、これは杏のアイデア。知り合いのドクターが実践していることに着想を得て、松木監督と相談した上で着けることを決めた。
「医療行為中、患部に落ちるリスクもあるので、救命医はピアスをしないんじゃないかというイメージを持っていたんですが、若いドクターの方々にリサーチをかけてみたら、結構みなさん開けられていて。しかも、鴨居は海外で学んで戻ってきた経歴もあり、フランクな人でもあるので、その象徴としてピアスを着けてもらうことにしました。杏さんのストイックなキャラクターづくりの姿勢に、私自身もいい刺激を受けましたね」(松木監督)
 余談ながら、撮影期間中に誕生日を迎えたジェシーに、鈴木亮平らレギュラーキャスト陣がサプライズを仕掛けるという一コマがあった。劇中の救命シーンになぞらえた寸劇形式だったそうで、「撮影の合間に4 度もリハを行った」とキャスト陣は笑う。【TOKYO MER】チームのウェルカムな空気と、ジェシーの甘え上手な末っ子的キャラが見事に適合して、撮影序盤から自然に溶け込んでいたことが、現場の風通しの良さを物語っている。

前半は梅雨、後半は酷暑との
戦いだった撮影期間

 ドラマのクランクアップから約1年、劇場版の撮影は和歌山の南紀白浜空港ロケから始まった。乱気流に巻き込まれて緊急着陸するも、車輪の破損で空港の建屋にぶつかった飛行機内に残る負傷者を、【TOKYO MER】の面々が救命へと向かう冒頭のシークエンスだ。現在は運航に使われていない旧滑走路と、エプロンと呼ばれる駐機エリアに事故機の破片やがれきを散りばめて、大規模なロケーションを敢行。だが、初日はあいにくの梅雨空で、全員がカッパ姿でリハーサルを行うにとどまった。なお、キャスト陣がそろって顔を合わせるのは久しぶりだったが、ドラマを撮っていた期間に育まれたチームワークは変わることなく、不意のスケジュール変更にも柔軟な対応を見せる。新加入のジェシーも早くも馴染んでいて、オープンマインドな空気が現場の士気を自然と高めていく。
 翌日からは本格的に撮影が始まり、雨期ならではの天候の変化も見定めながらシーンを撮り進めていった。…という具合に前半期は雨に泣かされたりもしたのだが、「鈴木亮平が現場にいる間は降らない」と最強の晴れ男ぶりを発揮。実際、予定していた撮影分を撮り終えた鈴木が現場を離れた途端、雨が降ってきたこともあった。
「なので、スタッフ間では『亮平さんを次の現場に行かせないで』なんて冗談を言ったりしていましたね(笑)」(松木監督)
 ほどなくして梅雨が明けると、今度は酷暑が大敵に。キャスト陣も首に巻く〝ネッククーラー〟やハンディ扇風機などのグッズをお互いに薦め合ったりして、熱中症対策に努めた。炎天下の外ロケもさることながら、ランドマークタワーの非常階段部分として組んだセットでの撮影が大変だったようだ。
「さすがにランドマークタワーの非常階段に煙を充満させることはできないので、高さのある倉庫の中に地上11メートルぐらいの非常階段のセットをつくったんです。高低差が結構あるので、スタッフはヘルメットを絶対に着用という安全第一の体制で臨んだんですけど、キャスト陣や建物内に取り残されて避難する観光客役のエキストラさんたちは、ヘルメットも命綱もなしにパニック感のあるお芝居をしなければならない。しかも倉庫の中で火を使ったりスモークも焚いたりするから、外よりも暑かった時間があったんですけど、みなさんが集中して緊迫感のあるお芝居をしてくださって、助けられました」(松木監督)
 ちなみに、鴨居役の杏がクランクアップしたのは、7月末に早朝から行われたランドマークタワーロケにおいてだった。劇中では、救命に対するアプローチの違いから喜多見および【TOKYO MER】と対照的に描かれた鴨居と【YOKOHAMA MER】だったが、鈴木が杏に花束を渡して心から労をねぎらった。

ラスト3日間で
クライマックスを撮りきり、
無事クランクアップ!

 クランクアップまでの3日間は、難手術に挑むクライマックスの撮影に充てられた。台本12ページ分、医療用語の応酬と素早いテンポで困難にぶつかっていく最大の見せ場に、キャスト陣も気合い十分で臨む。特にセリフが膨大で、しかも早口ながら落ち着いた口調の〝喜多見節〟で話しながら、手と体も同時に動かす芝居を求められている鈴木は、撮影の合間も振付を覚えるようにして、繰り返しリピートして自分のものにしていく。かと言って近寄りがたい空気を発しているわけではなく、キャスト陣と会話を交わしたり、松木監督やスタッフと芝居のニュアンスの確認をしたりと、極めてフラットな振る舞いを見せていた。その揺るぎない安定感が周囲を落ち着かせ、好循環を生んでいたのだった。
「亮平さんをはじめとするキャスト陣のみなさんに言えるのは、ドキュメンタリーを撮っているような感覚にさせてくださるということです。オペのシーンでも台本にない動きを喜多見と比奈として、あるいは夏梅さんとして、冬木先生として── という関係性で自然と体現されていて、見ていてすごく小気味いいんですよね。また、画角に入っていなくても、各自が【TOKYO MER】の一員としてその場その瞬間にするべきことを、全カットで行っていて。たとえば、喜多見の顔のアップを撮っていても、映っていないところで夏梅さんや冬木先生が、次の処置に向けて準備をしているんです。カメラに撮られていなくても、しっかり自分の役割をまっとうしているからこそ臨場感やリアリティーが生まれてくるし、それが観てくださる皆様にも伝わっているのかな、と改めて感じた撮影でした。すごく贅沢なお芝居を見せてもらえた現場だったなと思っています」(松木監督)
 8月初旬某日の夕方に差し掛かる頃、モニターチェックを終えた松木監督が「OKです!」と高らかに声をあげる。鈴木亮平が目を細め、安堵感と充実感の混じった笑顔を見せた。

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